おとしもの

頭の中のものをぜんぶ形に出来たらいいなぁ

読み物「おばあちゃん」

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空が青いのにも理由がある。
地球が丸いのにも理由がある。
心臓が動くのにも、お金が大事なのも、全部理由がある。
僕のおばあちゃんはなんでも知っていた。
「どうしてアリは小さいの?」
「それはね、みんなで協力するためだよ。アリさんは1人で出来ないことがたくさんあるから、みんなで助け合う生き物なの」
「どうしてご飯は美味しいの?」
「それはね、作った人の優しさで出来ているからよ」
「じゃあトマトは優しさがないの?」
「あるわよちゃんと。よく味わえばわかるわ」
僕の質問になんでも答えてくれた。
両親がいない僕は、ずっとおばあちゃんに育てられて来た。
おばあちゃんは1人でいる時、時々寂しそうな顔をする。
「おばあちゃん元気ないね。パパがいないから?」
「元気いっぱいよ。私はずっと幸せだもの」
「どうして?パパはいないのに?」
「そうね。それはもうすこし大人になったらわかるのよ」
あまり覚えていないが、おばあちゃんが唯一答えてくれなかったことだ。
おばあちゃんはなぜ幸せなのだろうか。
成長するにつれて、話す機会が減って来た。
そして、おばあちゃんは僕が中学生になったころから、認知症になった。
僕が大学に入学したころには僕のことも覚えてないみたいだ。
なんでも知っていたおばあちゃんは、僕の名前さえも覚えることが出来なくなったらしい。
それどころか、時々僕を父の名前で呼ぶ。
「あきひろ、孫の顔はいつ見れるんだい?」
はっきり言って嫌な気持ちになる。
父は孫の顔を見せるや否やどこかへ消えてしまったらしい。
おばあちゃんの話によると、海外で荒稼ぎしているそうだ。
でも僕は、塀の中にいると思っている。
母の葬式はあったらしいが、父の葬式の話も、海外にいる話もおばあちゃん以外から聞いたことがない。
もし荒稼ぎをしているなら、生活保護を受けていることに説明がつかない。
何をしたのかは知らないが、捕まっているであろう父と同じに扱われるのはとにかくいい気がしない。
「おにいさん、ご飯はまだか看護婦さんに言っていただけないかしら」
「ご飯ならさっき食べたよおばあちゃん」
「そうだったかしら」
このやり取りもだいたい週に一度はしていた。
僕の名前はきっともう記憶の中に残っていないのだろう。
何度名乗っても知らない人だと思われている。
この頃にはもうかなり衰弱していた。
僕もずっとおばあちゃんに頼って生きてきた。
だからこの状況はすごく辛く感じる。
どう接していいかもわからないし、生きていく力も意味も失いかけていた。
「おにいさん、空がどうして青いか知ってる?」
「空気中のゴミクズに太陽の光の中の青い成分だけが反射しているからだよ」
「そうだったかしら」
記憶の引き出しもカラになってきているようだ。
僕は引き取ってもらった家庭のために、たくさん勉強をしてきた。
将来は税理士か弁護士になるつもりだ。
認知症についても勉強はしてきたが、大抵の場合はだんだんと衰弱していくか、死に至る病にかかり、終わりを迎えるらしい。
僕は次第に疲れてきたみたいだ。
しかし看護婦さんたちの事を思うとあまり無下にはできない。

見舞いにくるのは僕だけではなかった。
会うたびに嫌そうな顔をしながらおばあちゃんをみる叔母。
僕を引き取ってくれたはいいが、おばあちゃんにはすごく冷たい。
「どうしてそんなこともできないの!?」
「ごめんなさい、ひろ子姉さん」
「私はひろ子さんじゃないって何度言えばわかるの?!」
認知症患者には酷なやりとりだ。
ちなみにひろ子さんはおばあちゃんのお姉さん。
おばあちゃんはいま、自分を40代くらいだと思い込んでるらしい。
わからないものなのだろうか。

聞いた話によると、僕がいない間にほかに来ていた人がいたらしい。
その人は、おばあちゃんの病室に来てからしばらく謝り続けたそうだ。
それ以外はほとんど人はこない。

おばあちゃんとの会話も毎日同じになって来た。
「おにいさん、空がどうして青いか知ってる?」
「...」
僕はもう随分疲れていて、病室のベッドの横で眺めていることしかできなかった。
考えることといえば、この先いきていて、楽しいことが待っているのだろうかと言う自問。
何もかもに疲れ果ててしまった。
「ねえおにいさん。知ってるの?」
「知らないよ」
「そう。実はね、私は知ってるのよ」
だんだん面倒になって来たせいか、素っ気なく返してしまった。
少し反省した僕は
「...どうして青いの?」
と聞いた。
おばあちゃんは答えた。
「それはね、いつ見ても穏やかな気持ちになれるからよ」
僕はハッとなった。
窓から空を見てみると、薄ぼんやりとした雲がかかっていて、青くない上に、綺麗とは呼べなかった。
それでもなんだか、気付かされた気がした。

程なくして、おばあちゃんは亡くなった。
叔母とその家族と僕で看取った。
僕には、ただ満足そうに眠っただけにも見えた。
それから僕は、夢ができた。
先生になって、勉強以外のことを教えたい。
「本当に大切なのは、見方を変えれば、世界が変わるという事」
僕はそう言うと、子供たちとその保護者たちの顔を見回した。
「僕の人生はあまり恵まれたものじゃないけど、不幸だと思ったことはありません。僕はずっと幸せです。それはおばあちゃんがいたからでも、学校の先生になれたからでもありません」
「じゃあなあに??」
クラスのお調子者が手を上げて言った。
僕はこみ上げて来た笑いを堪えた。
しっかりと彼の目を見て
「...それはね、もう少し大人になったらわかることだよ」
彼は僕の目をまっすぐに見ていた。
彼には僕がどんな風に映っているだろうか。
何かを伝えられただろうか。

 

 

 


「幸福とは心の状態を言う。物事をどう見るかだ。」
ーーーーウォルト・ディズニー

 

 

 

お疲れ様です。

ここまで読んでくれてありがとう。

さくっと終わらせる予定が何だかんだこんな長さに...。

イメージとしては、「ファイトクラブ」とか村上春樹の「トニー滝谷」のような一人称語り口調っぽくしてみました。

なのであえて時系列を捉えづらくしています。

少し説明すれば、主人公が過去を振り返りながら前を向く、と言ったイメージですね。

僕はおばあちゃんとの思い出はほとんどないです。

なので、こんなおばあちゃんだったらいいな、と思いながら書いていました。

なんとなく伝えたいことをまとめたつもりなんですが、うまく伝わるのか自信がなかったので、ウォルトさんの言葉を借りました。

僕はこんなたいそうな思想はありませんが、気持ちの持ちようでなんとでもなってしまうんだとは思っています。

僕は犬が怖くて苦手なのですが、このおばあちゃんに

「犬が怖いのをどうすればいいか」

と聞けば

「犬を怖がるから怖いのよ。犬はとても可愛いから、たっぷり可愛がってあげなさい」

と言ってくれそうです。

 

前回のものに比べたら、インパクトに欠ける部分とかはたくさんあると思いますが、それでも何か読んだ人に残ってくれればいいなと思います。

 

前回の→読み物「タネ」 - おとしもの

 

それではまた。

 

 

 

 

 

 

由良