おとしもの

頭の中のものをぜんぶ形に出来たらいいなぁ

読み物「メリーの悲しみ」

メリーの悲しみ

 


誰もが目を背けるような残酷も、時には誰かの幸せになる。
人は幸せの裏に潜む残酷に気がつかない。

 

第1章
「プロローグ」

枯れた木々。舗装された道。
両手を塞ぐ卒業証書と一輪の花の存在が、これから環境が変わっていく恐ろしさと不安を伝えてくる。
持て余した足がアスファルトに転がる石ころを蹴飛ばす。
そいつが電信柱にぶつかって2つに割れた。
春から大学生になる。
僕はウマが合わない中高の同級生から逃げるため、都心の私立大学に進学する。
代償としてほぼ毎日のアルバイトで家賃を賄わなければならない生活を手にした。
今も健在の両親に学費だけはもらえたが、都会での1人暮らしに関しては「勝手にしろ」だそうだ。
両親とは悪い関係ではなく、一般的な家庭とそれほど変わらない。
そこそこに愛情があり、そこそこに放任主義
と言っても、親のいない新生活は楽しみではある。懸念されるのは、ゼロから始まる人間関係

だ。

まもなく家に着いた。
学校から先に帰っているはずの両親がおらず、居たのは春休み真っ只中の弟の昇だけ。
昇は僕の姿を見ると、
「父さんと母さんなら出かけたよ」
と言った。
息子の卒業式と言う晴れやかなイベントなのに、なんだか面白くない。
同級生たちは夜にまた集まって、打ち上げのようなものをやるそうだが、当然僕は行く気になれない。
僕がリビングで寂しそうにぼーっとしていると、昇は立ち上がり、自室に戻った。
歳を重ねるごとになんだかこうして一人でいることが多くなっている。
それは僕が望むこともあれば、望まない時もある。
家族というのは、たとえ居て欲しくない時でも居てしまう存在であるのに、大人になるにつれて離れているような気がする。
ついには僕から離れる訳なのだが。
東京の生活はきっとこの地よりも華やかで、素敵な出会いがあって、楽しいキャンパスライフが待ってるに違いない、とは微塵も思わない。
楽しめるかどうかは僕次第で、華やかな世界の輪に溶け込めるかも僕自身に左右されている。
ただ1つ言えるのは、僕の住む街よりも、知っている人が少ないのは確実な訳で、華やかな輪に溶け込めなかった時には、この街にいるよりも大きな孤独を味わうだろう。
家族はもちろん、近所の商店街の肉屋のおばちゃんも、いつも行くコンビニのお兄さんも、バイト先のどんな話でも聞いてくれる優しい先輩も居ない。
なんとなく馴染んでしまったこの街に対する寂しさはあった。
「ただいま」
玄関のドアを開く音とともに母の声が響いた。

おそらく父も一緒にいるだろう。
「暁、卒業おめでとう。あと引越し祝いに」
帰るや否や手渡された小さい紙袋と大きな箱。
「おお、ありがとう。あけていい?」
「おう」
ぶっきらぼうな父の声もどこか優しく感じた。
それぞれ袋から取り出し、小さい箱を手に取った。
綺麗な箱に包まれていたものを剥いでいき、次第に箱が小さくなっていく。
最後に待ち受けていたのは、万年筆だった。
正直、年頃の学生にプレゼントするものとしてはあまり正解とは言えない。
僕は小さく苦笑いを悟られないようにし、
「ありがとう。たかそうだね。こっちは何かな」
すぐさまもう一つの箱に手を出した。
中身は少し大きめのサウンドセットだった。
僕は喜びをうまく隠せなかった。
心の中からじわじわと込み上げてくる嬉しさが、口の端まで溢れてしまっている。
「これ、1番欲しかった奴じゃん!」
「あなたの開いたままのパソコンの画面にあったものよ」
「また勝手に入ったのか。勘弁してくれよ母さん」
そこには暖かな笑いがあった。
騒がしさに降りてきた昇も少し笑っていた。
「とうさん、かあさん、ありがとう」


第2章
「メリーの始まり」
失敗した。
そう思わざるを得ないほど僕は絶望していた。
大学生活ももう始まって2ヶ月以上が経つというのに、友人と呼べる人は1人としていなかった。
講義が始まると、静かになる講堂が愛おしかった。
沈黙は僕の味方だ。
だが、授業の終わりを迎えると、空気が抜けたように喋り出す奴らがいて、その輪に入れない僕がいる。
周りはすでになんとなくグループが出来始めていた。
おそらくサークルや部活に所属して得た仲間か、元からの仲間か、そのどちらでもないが高いポテンシャルを持ってるお陰で人が集まるかのどれかだろう。
僕も試みはした。
同じようにスタートダッシュを切るべく、ジャズバンドサークルに入った。
はじめは皆初々しさがあり、仲間に思えた。
だが、その後にあった新入生歓迎会の日にちを勘違いして、喫茶店のアルバイトを入れてしまったのが僕の落ち度だ。
次の日普通に顔を出すと、昨日の話題で持ちきり。
僕が間に入るスキマもありはしなかった。
初めて会った時の初々しさも無く、遠い存在に感じた。
次の日から僕はサークルに顔を出すことも出来ず、まっすぐ帰る生活になった。
そうしてズルズルと過ごしていたら、いつの間にかこんな時期になってしまった。
現状を悲観していると、本日最後の授業が終わる。
身支度をして、さっさと帰ろう。

別に今の生活が楽しくないわけではない。
憧れていた都会で名前が聞いたことのある町ばかりだ。
週5回ある喫茶店のアルバイトも少しづつ慣れてきて、余裕もできてきた。
来店する常連さんにも顔を覚えてもらえるようになり、店長とも打ち解けてきた。
小規模な喫茶店なので、アルバイトする人は僕の他に3人しかいない。
逆にそのコミュニティの狭さが、田舎者の僕を安心させてくれるようだった。
今はそこが僕の居場所だった。

電車を乗り継ぎ、自宅の最寄り駅までついた。

駅から徒歩15分と、決して近いわけではない。
それでも一人暮らしというのは快適なものだ。
ドアを開けて、「ただいま」と言っても返事はないが、手洗いうがいをしないことを注意して来る親もいない。
僕を少し避ける弟もいない。
非常に快適だった。
まだ日が落ちきっていない部屋に、引っ越し祝いのサウンドセットを鳴らす。
隣人に文句を言われない程度のボリュームでクラシックを流す。
まるで映画の中にいるような気分だ。
僕はそのまま筆をとった。
中学時代からずっとこんなスタイルでノートに向かっている。
やることは課題ではない。
ましてや家計簿なんてものも取っていない。
頭の中で形になっていく言葉を紡いで、一つの詩にする。
とことん自分だけの世界を創り出せる。
アルバイトがない日は大概こうしているといつのまにか月が昇っている。
今日は退屈な講義中に書き出した詩を仕上げるまで眠らないつもりだ。
自分に喝を入れて取り掛かった。

      ◇      ◇      ◇

今日も講義は退屈だ。
しっかり聴く気にもなれず、コソコソと話す友達もいない。
このままでは、詩を書く生活も腐っていきそうなほど、同じことばかりをしていた。
新生活も少しずつ慣れてきているので、何か新しいことがなければ、頭が空っぽになりそうだ。
そうやって焦っていると、いつのまにか教室は暗くなっていた。
なにやらプロジェクターでドキュメンタリーを見るらしい。
内容はホームレスに密着取材。
そういった自分とは住む世界の違う人間は創作意欲を掻き立てられやすい。
僕は食い入るように見ていた。
およそ30分の長さもあっという間に感じた。
終わってからは休み時間だろうと講義中だろうと構わず筆を走らせる。
僕はそうして今日の分の講義が終わり、アルバイトの時間まで少し喫茶店で時間を潰すつもりだった。
「サークルに来ないんですか?」
明らかに僕に声をかけていた。
肩くらいの長さのウェーブがかかった黒髪。
背は多分150センチくらいで小柄で可愛らしいが、僕を見る眼は少しきつく感じた。
放たれた言葉の意味を瞬時に理解した僕は、その眼にひるんでとっさに嘘をついた。
「人違いじゃないですか」
目は合わせられなかった。
僕の心境など構やしないのか、ズケズケと彼女は言った。
「なんで嘘つくんですか?顔合わせの時いましたよね」
すぐにバレてしまった。
おそらく彼女も同じジャズバンドサークルに所属しているのだろう。
籍だけ置いてサークルに来ない僕を来させようとしているに違いない。
今更顔を出すのも僕はためらってしまうが、呼ばれたのであれば少しは打ち解けやすいかもしれない。
そんなことをぐるぐると考えていると、彼女はため息をつき、
「ちょっと時間ありますか?」
きっと睨みつける。
僕は凄みに負けて、彼女と喫茶店に入ることになった。

      ◇      ◇      ◇

彼女は同じジャズバンドサークルで同じ学部の同級生だそうだ。
名前は広瀬雪乃。
話によると、ジャズを中心とした音楽が好きで、ジャズロックは特に好み。
ジャズバンドサークルに入ったのもそれが理由らしい。
しかし、ジャズバンドサークルはほぼ形だけで、実態は中途半端にロックバンドが好きな奴が集まる飲みサークル。
新歓でアーティスト名で山手線ゲームをしたら、彼女の番で毎回アーティスト名を2度きかれたそうだ。
顔合わせの時に僕がジャズやクラシックが好きだと答えていたというのだが、緊張していてほとんど記憶にない。
そして僕にジャズの話を聞こうと思っていたのに新歓はおろかなかなか来ない。
そして腹を立てて今の状態に至る。
「それで、来ないんですか?」
落ち着いたのか、初めよりは優しい口調だ。
「今更行くのも気まずいし、しかも飲みサークルなんですよね。それなら辞めようと思います」
今しかないというタイミングで辞める意思を示せた。
彼女にどうにかして伝えてもらいたいと半ば他力本願である。
「そっか!じゃあさ!新しいサークル作らない??」

それはあまりに突拍子も無い話だった。
先ほどまでのキツイ眼も柔らかくなり、まっすぐにこちらを見据える。
さっきのが猛獣の威圧だとすれば、これは小動物のおねだりである。
僕はまたしても目をそらした。
それと同時に少しワクワクしていた。
きっと僕はこのお願いを断れないだろう。
そしてなんだかんだとサークルのようなものを立ち上げて、楽しいキャンパスライフが過ごせるんじゃないかと期待していた。
その後も雪乃の長い話は続いた。
基本は音楽の話だったが、僕も簡単に打ち解けてしまった。
不思議と、雪乃になら受け入れてもらえる気がして、今まで作詞してきたノートを見せた。
雪乃はじっくりと眺めて「素敵ね」とこぼした。
初めて受け入れられた気がする。
心の底から嬉しくて、同時に誇らしかった。
楽しくてすっかり時間を忘れていた。
机上の携帯がリミットを知らせる。
「やべ、バイトだった!」
「えっ!?」
慌てて準備する。雪乃もそれにつられる。
急いで会計を済ませて出て行く。
「明日ゆっくり話そう」
雪乃は去り際にそう言った。
特に返事はしなかったが、恐らくわかっているだろう。
アルバイト先に行く足取りはいつもより少し軽く感じた。
しかしそれは気分的な要素だけではなく、本当に少し軽くなっていた。

      ◇      ◇      ◇

幾年ぶりに母校へ顔を出してみれば、私が立ち上げたサークルは見るも無残な姿になっていた。
せっかくのオフの日だったが、あまり気分は良くない。
学生時代よく来ていた喫茶店で1人悦に浸ろうと思っていたが、入店後、すぐに雑音が鳴り出した。
雑音に聞き耳をたてると、私の母校の件のサークルを汚していた。
無理もない。あんなサークルあってもなくても同じことだ。
その後も雑音は続いた。私に関係のない話をし始めたあたりから、帰宅の準備を進めた。
しかしそれよりも早く慌ただしく消えていった。
雑音がいなくなると、再び静かな喧騒が生まれた。
豆を挽く音。ドリップして水滴が落ちる音。コーヒーを注ぐ音。ティースプーンとソーサーが奏でる甲高い音。
私はこの喧騒が好きだ。
会計を済ませ、店を出ようとした時、あるものが目に入った。
この喧騒をかき消していた若者たちは、私にとって気になるものを忘れていたようだ。
悪い事だとはわかっていても、職業柄それを手に取らずにはいられなかった。
中身をパラパラと見てハッとなった。
すぐにスマートフォンを取り出して耳に当てる。
「もしもし。久坂だ。話したいことがある」
私は早足で店を出た。
その手には1冊のノートを抱えて———。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

長編です。

たぶんまだ三分の一くらいの話です。

最初にプロットが出来上がってから、結構な日が経ってしまって、思うように話を進められなかった。

 

主人公の暁は池松壮亮くんみたいな人をイメージしてもらえたらいい感じかな。

雪乃は松岡茉優さんとかかな。

最後に登場した久坂は大森南朋さんとかを想像したら割といい感じかも。

いつ完結するかわかりませんが、3部作くらいに収めて半年以内には終わらせたいなぁって思ってます。

見てわかる通り文章をだらだらと書いてしまう癖があってよく物語から脱線してしまうので、決しては書いてを繰り返しながら、気長に書いていきます。

もし興味があれば今後もお付き合いください。

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それではまた次回の更新で。

 

由良